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煙草は冷たい唐辛子みたいな味がする
以前書いた記事が約5ヶ月も前のものだということに驚き、月並みな感想ですが、時間が経つのは早いなあと感じました。
皆さんは去年の9月からの5ヶ月間何をして過ごしましたか。僕はあんまり覚えていません。何もしてこなかったわけではないのですが、いかんせん思い出そうとしても上手く思い出せません。
昔から思い出話を上手く話題に盛り込む人間には敬意を抱いています。あの手この手で現状と思い出を結びつける人をみる度にその能力に感嘆します。
僕にその能力はないので憶測になりますが、おそらくそういう能力が著しく発達している人というのは(先天的なものを除く)、日常の中のちょっとした出来事に遭遇する度に、それを共有したい誰かの顔を思い浮かべているのではないでしょうか。この話をしたらどういう顔をするだろう、ちゃんと笑ってくれるだろうか、同じ気持ちを抱いてくれるだろうかと、頭の中小さく逡巡して、なるべく伝わりやすい形で言葉にする為に、起きた出来事を簡略化し、言語化のための要所を抜き出しては、頭の中ちゃんと見つけやすい場所にしまっておく。ここまでしっかり完遂しているから記憶の整理整頓がちゃんと成されていて出来事を上手く思い出すことができるのではないでしょうか。
そんな推測を立てて思うのですが、何かの能力を身につける、ひいては何かの目的を成す為には、この憶測でいうところの「小さく逡巡する」という行程が一番重要なのではないかと思います。
日常を生きていく上において、害なすものを酷く恐れたり、漠然としたものに不安を覚えたりするものですが、そういう憂いを帯びた諸々の出自というのは「許されているのかいないのか」を明確に認識しきれない自分からばかりです。許されていないのではないかと疑えば疑うほど、自分の立っている足場が小さくなっていく感覚が増していき、ついには足を踏み外して落っこちてしまう未来を想像します。その最悪の事態を回避する為に、許されようとがんばります。がんばった末に評価されれば、「許された」と認識の更新をすることができます。人間とは上手くできていないもので、そういう認識は一つのところに留まっておられず、個人差はあるものの、上がったり下がったり常に揺らいで忙しない。許されていないのではと疑いだす度に認識の更新を迫られるような気になってしまう。あとはこれの繰り返しです。許す許さないなんて至極どうでもいいことだし、許されてなかろうと別に生きていけるもんなのに、ぐずぐずとためらい不安を覚えるという冗長な行程が、結局は人間のケツを叩いているんだろうなあと思います。
許される許されないの主語がありませんが、別になんでもいいと思います。親でも友達でも恋人でも宗教でも絵でも音楽でも勉学でもスポーツでもなんでもいいと思います。
こういうことを考えると、結局は不安に頼っているだけなのではないかと、もの凄くダサい自分がいるような気にもなってくるのですが、それは僕の姿勢の問題であって、ありとあらゆる強さの原因は憂いにあると今のところ信じています。
眠気覚ましの為に書き始めたら、なんかよくわからん方向へ向かってしまいました。皆さんは思い出を話したい人がいますか。
皆さんは去年の9月からの5ヶ月間何をして過ごしましたか。僕はあんまり覚えていません。何もしてこなかったわけではないのですが、いかんせん思い出そうとしても上手く思い出せません。
昔から思い出話を上手く話題に盛り込む人間には敬意を抱いています。あの手この手で現状と思い出を結びつける人をみる度にその能力に感嘆します。
僕にその能力はないので憶測になりますが、おそらくそういう能力が著しく発達している人というのは(先天的なものを除く)、日常の中のちょっとした出来事に遭遇する度に、それを共有したい誰かの顔を思い浮かべているのではないでしょうか。この話をしたらどういう顔をするだろう、ちゃんと笑ってくれるだろうか、同じ気持ちを抱いてくれるだろうかと、頭の中小さく逡巡して、なるべく伝わりやすい形で言葉にする為に、起きた出来事を簡略化し、言語化のための要所を抜き出しては、頭の中ちゃんと見つけやすい場所にしまっておく。ここまでしっかり完遂しているから記憶の整理整頓がちゃんと成されていて出来事を上手く思い出すことができるのではないでしょうか。
そんな推測を立てて思うのですが、何かの能力を身につける、ひいては何かの目的を成す為には、この憶測でいうところの「小さく逡巡する」という行程が一番重要なのではないかと思います。
日常を生きていく上において、害なすものを酷く恐れたり、漠然としたものに不安を覚えたりするものですが、そういう憂いを帯びた諸々の出自というのは「許されているのかいないのか」を明確に認識しきれない自分からばかりです。許されていないのではないかと疑えば疑うほど、自分の立っている足場が小さくなっていく感覚が増していき、ついには足を踏み外して落っこちてしまう未来を想像します。その最悪の事態を回避する為に、許されようとがんばります。がんばった末に評価されれば、「許された」と認識の更新をすることができます。人間とは上手くできていないもので、そういう認識は一つのところに留まっておられず、個人差はあるものの、上がったり下がったり常に揺らいで忙しない。許されていないのではと疑いだす度に認識の更新を迫られるような気になってしまう。あとはこれの繰り返しです。許す許さないなんて至極どうでもいいことだし、許されてなかろうと別に生きていけるもんなのに、ぐずぐずとためらい不安を覚えるという冗長な行程が、結局は人間のケツを叩いているんだろうなあと思います。
許される許されないの主語がありませんが、別になんでもいいと思います。親でも友達でも恋人でも宗教でも絵でも音楽でも勉学でもスポーツでもなんでもいいと思います。
こういうことを考えると、結局は不安に頼っているだけなのではないかと、もの凄くダサい自分がいるような気にもなってくるのですが、それは僕の姿勢の問題であって、ありとあらゆる強さの原因は憂いにあると今のところ信じています。
眠気覚ましの為に書き始めたら、なんかよくわからん方向へ向かってしまいました。皆さんは思い出を話したい人がいますか。
あなたは醜い
命を食べて笑い合う気分はどうだ
愛は見つかったか
言葉はいつも人を殺している
私もあなたも殺している
あなたは醜い 一人じゃ生きられない
それすら信じない あなたは醜い
それでもあなたを 私は愛したい
一人で死ぬ日まで あなたを愛したい
孤独を煽り繋がりあう気分はどうだ
愛は見つかったか
掠れる声を踏みにじりながら
生きていることを忘れるな
あなたは醜い 大人にも子供にも
成りきれてはいない あなたは醜い
それでもあなたを 私は愛したい
ひと時だけでもいい あなたを愛したい
大きな星も小さな花々も
別に誰も許しはしない
沢山の罪と醜さを背負い
今日も明日も生きていく
あなたは醜い 言葉にならない
あなたによく似ている 私も醜い
それでもあなたと 二人で生きていたい
寂しくなるばかり あなたを愛したい
あなたは醜い 一人じゃ生きられない
それすら信じない あなたは醜い
それでもあなたを 私は愛したい
一人で死ぬ日まで あなたを愛したい
愛は見つかったか
言葉はいつも人を殺している
私もあなたも殺している
あなたは醜い 一人じゃ生きられない
それすら信じない あなたは醜い
それでもあなたを 私は愛したい
一人で死ぬ日まで あなたを愛したい
孤独を煽り繋がりあう気分はどうだ
愛は見つかったか
掠れる声を踏みにじりながら
生きていることを忘れるな
あなたは醜い 大人にも子供にも
成りきれてはいない あなたは醜い
それでもあなたを 私は愛したい
ひと時だけでもいい あなたを愛したい
大きな星も小さな花々も
別に誰も許しはしない
沢山の罪と醜さを背負い
今日も明日も生きていく
あなたは醜い 言葉にならない
あなたによく似ている 私も醜い
それでもあなたと 二人で生きていたい
寂しくなるばかり あなたを愛したい
あなたは醜い 一人じゃ生きられない
それすら信じない あなたは醜い
それでもあなたを 私は愛したい
一人で死ぬ日まで あなたを愛したい
れんこん
・フジロックに行きたかったが、いろいろとやることがあるので断念。無念である。
・漬け物は誰かが食べているところを見るとおいしそうに見えるので好きだけど、実際食べると不味い。嫌いだ。たくあんなんてあんなに美味しそうなのに。嫌いだ。
・洗濯物を取り込むのを忘れてしまう。
・人間は誰かに許されていないと声も出せないのではないか、とよく思う。または許されたいと渇望するから声をだすか。人間は生まれてから物心つくまでの間で自分以外の他者(多くは親)に愛されることで自分を愛すようになるが、愛されなかった人間はずっとカラカラのままだ。自分が愛されなかったなどと馬鹿なことをいうつもりはないけれど、生まれた瞬間から人間は生きることを許されながらいるのをやめられない。
・僕がブログやツイッターで書いているこういうことは、結局誰でも言えることだ。こういうことを言い続ければいいものが作れるわけではない。音楽や絵にほとんど影響を及ぼさない。字が読めない人間に字だけ書いてあるお品書きを渡しても理解されないが、料理そのものの味や姿は理解しているし理解できる。言葉なんてその程度のものだ。言葉で理解して知った気にならないほうがいい。僕らは自分が実際に体験した分だけ理解することができる。言葉はあと付けでしかない。
・インターネットは恐ろしい。いらんことばかり行ってしまう。煩悩の巣窟だ。
・漬け物は誰かが食べているところを見るとおいしそうに見えるので好きだけど、実際食べると不味い。嫌いだ。たくあんなんてあんなに美味しそうなのに。嫌いだ。
・洗濯物を取り込むのを忘れてしまう。
・人間は誰かに許されていないと声も出せないのではないか、とよく思う。または許されたいと渇望するから声をだすか。人間は生まれてから物心つくまでの間で自分以外の他者(多くは親)に愛されることで自分を愛すようになるが、愛されなかった人間はずっとカラカラのままだ。自分が愛されなかったなどと馬鹿なことをいうつもりはないけれど、生まれた瞬間から人間は生きることを許されながらいるのをやめられない。
・僕がブログやツイッターで書いているこういうことは、結局誰でも言えることだ。こういうことを言い続ければいいものが作れるわけではない。音楽や絵にほとんど影響を及ぼさない。字が読めない人間に字だけ書いてあるお品書きを渡しても理解されないが、料理そのものの味や姿は理解しているし理解できる。言葉なんてその程度のものだ。言葉で理解して知った気にならないほうがいい。僕らは自分が実際に体験した分だけ理解することができる。言葉はあと付けでしかない。
・インターネットは恐ろしい。いらんことばかり行ってしまう。煩悩の巣窟だ。
お客様とて許せぬ砲
・もう7月の後半に入っていることに気づき慄く。6月までの記憶はあるので、もしかすると僕は6月からやってきたのかもしれない。
・新しく買った財布からおにぎりせんべいの匂いがする。不快である。おにぎりは料理の癖に「作る」ではなく「にぎる」と表されるので不憫だなと思うことがある。
・習慣というものの恐ろしさを体感する。小さな怠惰や欺瞞が年月をかけて重なり合い、やがて肉体や思想になってはっきりと現れる。個々人の体質にもよるのかもしれないが、肥満や痩身は怠惰である。傲慢である。
・金碧のさぼてんを見た。
・インターネットを常として育ってきた身として、「夏の猛暑日において、登場人物がすべて冬のかっこうをしており、植物の緑や蝉の鳴き声などのわかり易い違和をできる限り取り除いた映像を、その予備知識がない人間に見せたらどう思うのか?」ということを考える。夏だと気づくだろうか。嗅覚や触覚を呼び起こす。
・物事は作用反作用で成り立つ。誰かを殴るとこっち側も痛いのは当たり前で、それをわざわざ相手に伝えて許しを請うような所作は下品だ。
・小さな冷蔵庫が欲しい。あと新しいソファが欲しい。
・新しく買った財布からおにぎりせんべいの匂いがする。不快である。おにぎりは料理の癖に「作る」ではなく「にぎる」と表されるので不憫だなと思うことがある。
・習慣というものの恐ろしさを体感する。小さな怠惰や欺瞞が年月をかけて重なり合い、やがて肉体や思想になってはっきりと現れる。個々人の体質にもよるのかもしれないが、肥満や痩身は怠惰である。傲慢である。
・金碧のさぼてんを見た。
・インターネットを常として育ってきた身として、「夏の猛暑日において、登場人物がすべて冬のかっこうをしており、植物の緑や蝉の鳴き声などのわかり易い違和をできる限り取り除いた映像を、その予備知識がない人間に見せたらどう思うのか?」ということを考える。夏だと気づくだろうか。嗅覚や触覚を呼び起こす。
・物事は作用反作用で成り立つ。誰かを殴るとこっち側も痛いのは当たり前で、それをわざわざ相手に伝えて許しを請うような所作は下品だ。
・小さな冷蔵庫が欲しい。あと新しいソファが欲しい。
春の匂いは鼻の奥から香る
春の匂いは鼻の奥から香る。
冬の乾きをぬらす青いあかりがあがる。燻された春が小さくなって体から抜け出していく。
朝日は上がらない。洗濯物が撓垂れる。枕木を踏む音がする。
春の匂いは鼻の奥から香る。
上質な料理や、映画や、音楽にも似たような力がある。
小さな火花がぱちぱち弾けて、皮膚の内側を刺し、人知れずくゆる。
春の匂いは鼻の奥から香る。
人間は春を持っている。
冬の乾きをぬらす青いあかりがあがる。燻された春が小さくなって体から抜け出していく。
朝日は上がらない。洗濯物が撓垂れる。枕木を踏む音がする。
春の匂いは鼻の奥から香る。
上質な料理や、映画や、音楽にも似たような力がある。
小さな火花がぱちぱち弾けて、皮膚の内側を刺し、人知れずくゆる。
春の匂いは鼻の奥から香る。
人間は春を持っている。